灰色莓

Strawberry & Cigarettes

Archive for the ‘ショートストーリーとか’ Category

Frozen Summer Nights

あれはいったいなんだ。
最近夜になると頻繁に聞こえてくる悲鳴のような奇妙な音。
ネコかなんかが喧嘩でもしてるのか?
なんていうか、こう……文字じゃ表せないような奇声なのだ。
いや、というか、そもそも声であるかどうかもわからないのだが、声だったら間違いなく警察沙汰になってもおかしくない。
毎晩のように続いているってことは、声である可能性は低い……のだろうか。
ベッドからのっそりと起き上がり、扇風機の電源を切る。
……。
完璧な静寂。
よけい蒸し暑くなったが、どうせこのままじゃ気になって眠れないんだ。
今夜こそあの妙な音の真相を暴いてやる。
万が一のために……電気は消しておこう。
面倒ごとなら、巻き込まれたくないからな。
開ききった窓際により、残り数本となったタバコに火をつけようとした時だった。
「————!」
……っ!?
な、なんだ!?
息を殺し、再び耳を澄ませる。
「————ぁ……ぁ!」
ま、まただ! それに今回はかなりハッキリと聞こえた!
でも……ああ……!
くそ……余計何の音なのかわからなくなった!
あんな音、聞いたことがない……。
寝ぼけた頭をフル回転させ思考する。
なんであれ、誰かの悲鳴だったらただ事じゃない……。
……し、しかし、なんだいったい……!
みんな寝ていて気づかないのか!?
考える。
悲鳴をを耳にした、たった一人の人間が、それを無視したせいで被害者が出た……とかなったら……。
……。
一瞬、モザイクがかかりまくった三面記事の写真が脳裏を横切った。
うわ……目覚めが悪い…悪ぎる。
つーか、最悪だ。
くそっ!
気づけば、おれは咄嗟に近くにあったポケットナイフに手をのばしていた。
部屋を出て、可能な限りの忍び足でアパートの階段を降りる。
当たり前だがどの廊下も死んだように静まりかえっていた。
時間が時間だからな……。
ポケットナイフと一緒に持ち出した携帯電話を取り出し、時刻の確認をする。
1:51
あーあ……。
昨日も寝付いたのは明け方だった。
最近いつもこうだ。
……ったく……!
これだから夏はいやなんだ!
例年より一際蒸し暑い晩夏を恨めしく思っていると、出口にたどり着く。
ゆっくりと。
いつでも動ける体制を整いつつ……ゆっくりと扉を開く。
がちゃ……。
ぎぃぃぃ……。
…………。
……がちゃん。
そしてあたりを見回す。
何の変哲もない風景。
深夜だけあって車や人なんていないが、閑散としている以外どこもおかしな様子は伺えない。
……。
……寝ぼけていたのだろうか。
最近は蒸し暑かったせいで寝不足の状態が続いていた。
ハッキリと聞こえたと思っても、勘違いだったのかもしれない。
…そりゃ…そうだよな。
いくらみんな熟睡してると言っても、あれだけハッキリと聞こえた奇声に気づかないはずがない。
安堵すると同時に、意味もなくあたふたとした自分が滑稽に思えてくる。
あほらし……。
踵を返してアパートの扉を開こうとした時だった。
「どうしたんだい?」
「——!」
背筋が凍り付く。
いきなり背後から声を掛けられた。
振り返ると中年の男が不思議そうにおれを見つめていた。
「……な…………」
このアパートの出入り口は大通りに面しているので見晴らしがいい。
遠回りでも、あえてこっち側に回って来たのはそれが理由だった。
少なくても一キロくらい先までなら、何かが近づけば気づくはずだ。
それが…………!
「い、いえ…そ、そ、そ、その……!」
言葉にならない言葉。
「ん? 大丈夫かい君? 落ち着きなさいって」
……。
予想以上に普通の反応だった。
それは混沌に陥る寸前のテンションをほんの少しだけ柔られげてくた。
すぅ……。
深呼吸して息を整える。
「そ、その……ず、随分前からですけど…こ、この時間になると泣き声の様な悲鳴のような音が聞こえてくるので…その…何なのかと思いまして……」
やっとの思いでそう絞り出す。
「ふーん」
「…………」
「…………」
な……んだ。
この気色の悪い空気は……。
男は顔色一つ変えずままおれを凝視している。
…体が。
体が…動かない…!?。
「泣き声ね…」
永遠の時が過ぎたかのように感じた頃。
男はやがて、うっすらと笑みを浮かべ、口にする。
「君には——聞こえるんだ?」
鳥肌がたった。
背筋が凍りつき血の気が引いた。
男は”も”でなく”には”と言った。
それは少なくても彼があの奇妙な音のについて何かを知っていることを物語っていた。
「…ど、どういう……事です……」
「その路地にははいらない方がいいよ」
すっと上げた右手の人差し指は、アパート裏へと繋がる路地を指さしていた。
日中でも日が差すことがない路地。
引っ越してきて数年経つがいまだ通ったことがない路地。
「こ、この音は……ろ、路地には一体……」
そして振り向くと男はいなかった。
まるで霧散したかの様に跡形もなく消えていた。
…………。
……頭痛に見舞われる。
今度は違う意味で血の気が失せ、倒れそうになる。
男は確かにここに居た。
声も聞こえたし、存在感もあった。
夢か。
おれは悪い夢でも見てるのだろうか。
携帯を取りだし時刻を確認する。
3:23
「えっ……」
ディスプレイに表示された数字を見て再び混乱する。
ついさっき。
階段を下りた時に確認をとった時。
その時は二時前だった……はず。
…………。
……ははは。
わらってしまう。
もうなにがなんだかわからない。
そういや、仕事でも一生懸命やってるつもりでも、集中力が散漫だとか言われてたな……最近。
寝不足なんだ、きっと……。
にしても、睡眠って大事なんだなー……ははは。
あきれ笑いを漏らしてアパートの扉を開く。
「————ぁぁ……あああああぁぁ!」
……なっ!?
扉の軋む音かと一瞬錯覚した。
「————ぁぁ……ああああ…あああああぁぁっ!」
って、やっぱり気のせいなんかじゃねーよっ、これは!
判然と聞こえてくるその悲鳴はさっき男が指さした路地から来ていたものだった。
くそっ……! もうどうにでもなりやがれっ!
地面を蹴り、路地へ疾走する。
呆れ果てて、恐怖すら和らいでいた。
はぁ……はぁ…・・!
ざっ!
細心の注意をはらいながら、ほの暗い路地へと足を踏み入れる
そうだ……。
ナイフ……もってきたんだ。
収納式の刃を取りだし、パッと見わからないよう裏手に返す。
十センチ以上もある、ポケットナイフにしては大きすぎるそれも、こんな状況じゃ気休め程度にかならない。
こんなもので、襲いかかってる人間を食い止めることなんて出来るのだろうか……。
疑問はあっという間に不安へと急変する。
……。
いや……。
扱える人が扱えれば、きっと最強の武器になるのだろう。
でもおれは素人なんだ。
だから例え、拳銃を持っていたとしても不安感は変わらないはずだ。
勢いで突っ走って来てしまったが……どうしよう。
不確定要素が多すぎる。
それに気のせいか…変なにおいが……。
くそっ…気持ちが悪い。
……部屋に……戻ろうか……な……。
…………ん?
路地の奥。
人の気配があった。
小さなシルエット。
子供……?
こ、こんな夜遅くに……?
「ちょっと……あの……そこの君……?」
気配に声をかけた頃、ようやく目が闇に慣れてくる。
長い長い通路。
ちょうどおれが入ってきた側と、向こう側との中心のあたりに、その小さな女の子は佇んでいた。
「ちょ、ちょっと君……な、なにしてるんだよ……こんな夜遅くに……」
なにかを両手でえているみたいだった。
しかし少女の体が邪魔になってよく見えない。
「ああぁぁ……あああ……ああ……」
あ……なっ!?
あ、あの音だっ!
少女の口から、毎晩おれを苛んでいた不気味な奇声がこぼれ出た。
人の声とは思えないほどやつれて枯れた声。
なんで…こんな静かなのに…三階のおれの部屋から聞こえたんだ……。
「ああぁぁ……あああ……ああ……」
……あ、あれ?
声が……二重に聞こる……?
「にゃ……ああぁぁぁ……がっ……ああ」
少女は腕に抱えている何かが発している音を……まねしているようだった。
「お、おい……お、おまえまさか……それって……」
少女に近づき手を伸ばしたその時——
「あ、ああああああぁ!」
気づいてしまった。
そのおぞましい光景に。
少女の腕に抱かれている物体…
両手足がもがれ、樽場状態になった猫。
滴る液体が純白の毛並みを真っ赤に染め、ぴくぴくと不自然な動作で痙攣している。
鉄くさい……この独特な臭い……。
血。
「がっ……ああぁぁぁ……」
少女は微動だにせず、肉の塊と化しつつある猫の悲鳴を真似る。
音の正体は悲痛で悶え苦しむその猫の最後の息と、それを真似る少女の声だった。
「あ…あ……!」
一陣の風が吹いた。
月が纏う黒雲の羽衣がゆっくりとはがされ、仄暗い路地に蒼白の月光が降り注ぐ。
「…………!」
辺り一面……血の海…だっ…。
吐き気。
すぐさま嘔吐。
なぜ……。
なぜ気づかなかった……。
見えるまで……血の……血のにおいはこれほど強くなかった…はずだ。
「目を離すと逃げちゃうの」
朦朧とし始める意識に寂しげな少女の声が響く。
「このほうが綺麗……」
な……にを…言っている……んだ…この子は……。
「がっ……がはっ!」
再び嘔吐する。
押さえきれない。
痛い。
胸部から下っ腹まで走る激痛。
まるで内臓がねじ切られるかのような感覚。
「でも、ねこさんも……今日が最後みたい…。残念」
届いていない。
少女の声は……。
く……そっ……。
いくら体に命じても、神経の経絡が途切れたように言うことを聞いてくれない。
ただただ目の前の光景を見ているしかなかった。
少女はゆっくりと右手を猫の頭に載せわしづかみにする。
「おしまい」
や……やめ……
コキリ。
奇怪な音。
猫の頭が一回転をした。
まるで……
まるで、ビンのふたを閉めるかの如く…
なんの躊躇もなく……猫の首をへし折った少女が……
硬直状態のおれを血塗られた瞳で射抜いている……。
やは……い……。
立たない……と。
走らないと……ころされる……!
筋肉が麻痺したかのような体を必死の思いで持ち上げる。
くっ……くっそおおおぉぉ!
その時。
すっ…。
少女の姿が消えたと思った刹那。
月。
月を見ていた。
一瞬の出来事。
おれは仰向けになり、血まみれの地面に倒れ込んでいた。
「……一人に……」
少女がおれを見下ろしている。
あっ……れ。
足が…動かない…?
「わたしを……」
いや…。
「…一人にしないで……」
おれの……

——足が……無い。

「ぎゃああああああぁ!」

見計らったように激痛が体中を程走りる。

「ああああああああああああああああぁ!」

視界がかすれる。
「ああ……やっぱり……」
少女がなにかをつぶやいた。
すると両手で抱えているおれの腕の足をゴミのように投げ捨て……
「やっぱり…こっちのほうが綺麗…」
あ……ああ……あああ…………。
ミシ……。
……。
…………。
………………。

>ってところでお約束通り目が覚めたんだけど、どう思うよ?

残業の帰り道。
たまたま夜更かしをしていた友人がメールを送ってきたので、ついつい長文のやりとりをしてしまった。
おかげでとっくの昔に日付が変わっちまったよ……。
いくらアパートから近くても、こんな深夜に歩いて帰るのは抵抗がある。
ああ……もう。
……寝るためだけに帰るアパートに意味なんてあるのだろうか。
いっそのこと会社で寝泊まりした方がよっぽど効率がいいって……。
ピッ!
ん?

>ゲームのやりすぎ乙ww
>一日中こもってっから、そんなB級ホラー映画みたいな夢みんだよwww

…………。
言うと思った。

>おまえと違って、仕事してんだ#。ほっときやがれ##

ったく……無理矢理聞き出したくせに、でかい口たたきおって……。
ピッ。

>でも、その変な音って本当に聞こえるんだろ?w 目が覚めるほどの悲鳴ってやばいんじゃね?www

……。
まあ、おれも確かにはじめは驚いた。
夢に出てくるほどだから、思った以上にインパクトがあったみたいだし……。

>別にどうってことないだろ。猫かなんかが喧嘩してんだよきっと。
>本当に人の悲鳴ならとっくの昔に警察沙汰になってるって。

原因が不明だから、変な妄想をしてしまうんだ。
だからおれは勝手に自己完結して猫が縄張りを争いあってる、と言う解釈をすることにした。
いちいち確認がとれない何かに出くわすたびに、睡眠時間が削られちゃたまったもんじゃない。
……。
あれ?
返事遅いな。
携帯のやり取りで寝落ちするって……どんだけスボラなんだ。

アパートの前につく。
鍵……鍵と。
近所に迷惑をかけないよう、そっと扉を開ける。
がちゃ……。
ピッ!
ん?
ちょうどその時メールの返事が来たようだった。
扉を開いたまま送り手の確認をとる。

>なあ

……。
……は?
二文字。
なんだよこれ……。

「どうしたんだい?」
「————っ!」

突然背後から声をかけられ、思わず叫びそうになる。

「大丈夫かい君? 落ち着きなさいって」
「い、いやーすみませんでした……その……突然声をかけられ……」

……あっ……れ……?
な…にか……
なにか……おかし……

ピッ!
電子音とともに振動する左手の携帯。
再び届いたそのメールを開封する。

>無限ループって怖くね?

Written by munisix

2008年 6月 5日 at 8:39 am